第5回 個々の患者に適したプレシジョン医療
個々の患者に適したプレシジョン医療
デパートに行くと、年齢、体型、着用する場所に合わせて、個々人に最も相応しい衣服を提案してくれる。癌治療の分野にも個々人に相応しい医療が実現しつつある。2015年、オバマ大統領は個々人の遺伝情報に基づいて、個々人に最も相応しい医療(個別化医療、Personalized Medicine)を実現させようというプロジェクトを発表した(プレシジョン・メディシン、Precision Medicine)。 今回、この分野で先導的な役割を果たしてこられたシカゴ大学・医学部 内科・外科教授 中村祐輔先生の特別講演(個々人の患者に適したプレシジョン医療;第38回CMS学会、平成29年10月1日、東京国際フォーラム)を紹介したい。
癌は遺伝子の異常によって誘発される疾患であり、周囲への浸潤、転移により不幸な転帰をとる。免疫系は異物化した癌を見つけ出し、排除しているが(免疫学的な監視機構)、肉眼的に観察できる癌は、免疫系による攻撃を回避し、増殖してきた細胞であると見做されている。
癌には早期発見によって治癒率の向上を期待できるもの(胃癌など)と、予後の向上を期待できないもの(肺癌など)があると言われている。治癒率を向上させるためには、癌をこれまでよりも早期に発見し、選択的に破壊できる最適の治療法の開発が求められている。癌の早期発見法として、現在胸部レントゲン検査、消化管内視鏡、さらに生検(バイオプシー、biopsy)し、癌の種類や悪性度などが調べられているが、近年DNA解析技術の飛躍的な進歩によって、苦痛を伴わないで得られる微量の体液サンプル(血液、尿など)から癌細胞由来の情報をこれまでよりも早期に検出すること(リキッドバイオプシー、liquid biopsy)が可能となってきた。
癌の遺伝子異常のパターンの解析から、異常であるシグナル伝達分子を選択的に攻撃する「分子標的薬」も一部の癌では実用化されている。しかしながら、未だ選択肢が少なく今後の発展が期待されている。
手術療法、放射線療法、そして化学療法に抵抗性を示す癌に対して、未だ萌芽的ではあるが、第4の治療法として「免疫療法」が注目されている。癌に対する免疫反応は、癌に対する「攻撃因子」と「抑制因子」のバランスによって決定されている。 攻撃因子としてはNK細胞や癌に対して選択的に作用するキラーT細胞などが存在している。変異を繰り返す過程で、キラーT細胞の攻撃を回避する癌細胞が出現したり、免疫機能を抑制したりする癌細胞が出現してくる。この免疫反応を抑制する役割を果たしている分子の一つが「PD-1」分子である。この免疫抑制分子の機能を抑制する「抗PD-1抗体(免疫チェックポイント阻害剤)」を投与することによって癌に対する免疫反応を選択的に増強させ、癌の縮小をもたらすことが可能となってきた。しかしながら、現時点では免疫チェックポイント阻害剤が効果を発揮するのは癌の中の10%−30%程度であり、今後の更なる研究が望まれている。
「癌の早期診断」、「分子標的薬」、「免疫治療」という先端的な医療の一端を紹介したが、癌の予防には、適切な食事、適度な運動、充分な睡眠など従来から言われているような基本的な事柄を守りつつ、癌の早期検診に望むことが肝要である。
優和の杜では、 介護・看護の研修と共に、医学を含む幅広い知識が良質な介護につながると考えている。医学医療の進歩により、「不治の病」と言われてきた癌を早期に発見することが可能となり、分子標的薬を含む多くの治療法が開発されつつある。今後は、患者が医師と相談し、自分に最も相応しい治療法を選択することが可能となってくるだろう。
介護領域においても、利用者の客観的な評価法の開発、ロボットを駆使した介護法の開発によって、個々の利用者に相応しい介護法がもたらされると期待されている。情報があふれている社会で、豊かな人生を送るには、必要とされる情報を素早くキャッチし、的確に咀嚼する力(情報リテラシー)が求められている。
末筆ながら、中村先生の益々のご発展を祈っています。
社会福祉法人 優美会
特別養護老人ホーム とだ優和の杜 理事
水口 純一郎